続こんぶの日記 KOMBU's diary from Sydney

家に帰りたい

2009年12月13日(日)

12月11日の夕方、 夫のおかあさんが、 夫のおとうさんや実兄、夫やその兄姉などに囲まれながら、静かに息を引き取った。享年80歳だった。

おかあさんは、中国の広東省に生まれ、中国の共産党に家族の全財産を奪われたのをきっかけに、夫のおとうさんとともに、ビジネスチャンスを求めてバンコクにやって来た。当初は、同胞の華僑とともに、チャオプラヤー川沿いの長屋暮らしをしていたという。波瀾万丈の人生だったと思う。

おかあさんは、ずっと「家に帰りたい、家に帰りたい」と言っていたのだが、それはかなわずに最期を病院で迎えた。

死が、生活の延長にあるものだとすれば、最期を家で過ごしたいと思うのは、ごく自然なことだと思う。しかしバンコクには、palliative care (終末期の苦痛緩和医療)の概念も、ほぼ無いに等しい。家族の皆が、何とかおかあさんが家に帰れる方法はないかと、色々と準備を始めていた。しかし、医師の一言一言に翻弄され、結局あきらめざるを得なかった。バンコクでは、患者が家で最期を迎えるのは、一旦病院に入院してしまうと難しいようだった。

バンコクは、貧富の格差が激しく、恐らく病院に入院し、治療を受けるお金が無い人々は、自然に家で家族に看取られながら亡くなっているのかもしれない。しかし、中途半端にお金があると、より良いケアを求めて私立病院に入院し、時に過剰な“治療”を受けて、そのまま帰れなくなってしまうのだろう。

大学院のときに、病理学の先生が、「病院に入院したら、なかなか死ねませんよ。すっきり死ねるのは、今では自殺、交通事故、血管障害(脳卒中や心臓発作)くらいですよ。」とはっきりと言っていたのを思い出す。

タイ、特にバンコクでは、これから日本と同じように高齢者の医療問題、介護問題が顕在化するだろう。いつでもどこでも、現象が政治化する前に、人々は大きな問題を認識している。

日本のお坊ちゃん政治家が、おかあさんから資金提供を受けた事件に対するコメントを、英語ニュースは、“I had no idea what was going on” と翻訳していた。幼稚すぎて、聞いている方が恥ずかしくなったが、きっとこういう人たちには、庶民が抱えている生活の問題がわからないのだろうなと思う。

そんなこんなで、いろいろな思いが駆け巡った日々だった。

夫という人を、この世に産み落としてくれたことに感謝しつつ、おかあさんの冥福を心から祈りたい。
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by gonzalesK | 2009-12-13 17:07 | Life in Bangkok

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