続こんぶの日記 KOMBU's diary from Sydney

カテゴリ:Holidays( 11 )




花冷え

2016年6月1日(水)

日本についたら、父も既にかぜを引いていた。ある友人とランチをしたときに、家中の人が風邪を引いているという話をした。そうしたら、その友人は、春の「花冷え」という言葉を教えてくれた。四季を豊かに表現する日本語は、どこまでも美しいと思った。

日本に到着して数日後の朝、止まらない咳に子どもは苦しんだ。オーストラリアでは、かぜぐらいでは医者や病院に行かない。しかし、このときばかりは、夫は「肺炎と喘息の可能性を除外したい」ということで、子どもを病院に連れて行くことにした。また、私の両親の「早く病院に行って診てもらいなさい。」というプレッシャーもあった。

両親「かかりつけ」で「おすすめ」の、最寄り駅近くの小さな病院の小児科に行った。2代目院長という医者は、子どもの喉を見たり、胸を聴診したりして、私たちにほとんど質問や説明をせずに、「では、血液検査をして、レントゲンを撮りましょう。」と言った。

私は、子どものかぜで、いきなり血液検査??レントゲン??とびっくりしながらも、医者が言ったことを、夫に直訳した。夫も医者が言った言葉を疑ったようで、「レントゲンをするということは、肺炎を疑う肺の音を聴取したってこと?さもなければ、子どもに有害 -harmful- なレントゲンは必要ないよね?僕に聴診器を貸してくれない?こんぶ、訳して。」と言い出した。私は、日本の医者のプライドを傷つけないように、-harmful-などという刺激的な言葉を除外して、手短に日本語に訳して伝えた。

医者は、肺炎を疑うような肺音はないよ、と言いながら、親切に夫に聴診器を貸してくれた。夫は、子どもの胸をじっくりと聴診し、「肺炎も喘息もないね。レントゲンは必要ないよ。”ウイルス性か細菌性によるかぜか”を診断するために、血液検査はしてもいいけど、こんぶどうする??」と夫は、私に意見を求めた。ウイルス性のかぜだったら薬はいらないってことを、私たちがreassurenceするために、血液検査はしてもいいのではないか、と私は答えた。私の一存で、子どもは人生発の血液検査を行うことになった。医者には、「レントゲンはいりません、血液検査はして下さい。」と伝えた。医者も、「オーケー」と、そこだけ英語で返答してくれた。

今回の日本滞在中、オーストラリアで加入してきた海外旅行保険の申請のこともあり、子どもは結局3回日本の医者にかかった。

夫の日本の医者に対する印象は、「3人のお医者さん、誰も(hisoty taking の基本中の基本である)子どものアレルギーの有無を確認しなかったね。」。

そして、「限られた時間で、たくさんの患者さんを診察しなければならないのは、わかるけど」とフォローをしながらも、「患者や子どもの親の話を、あまり聞かない。」で「すぐに血液検査やレントゲンの検査をしたがる。physical examination (視診、聴診や触診)に自信があれば、必要のない検査も多いのではないか。」。

オーストラリアは、その逆で、「患者の話をたくさん聞いて-history taking-に時間をかけて、physical examination して、お金のかかる検査をなるべくしない(笑)。」と夫は付け加えた。患者の話を聞いたり、physical examinationの基本は、コミュニケーションだ。オーストラリアででトレーニングを受けた医療者たちは、患者やその家族とコミュニケーションをとることの重要性を、徹底的に学んでいる。

これは、金儲け主義が絡む日本の医療システムに比べて、オーストラリアが国民皆保険システムで、なるべく医療費を抑制したいから、というのもある。しかし、不必要な検査や投薬をしないということは、患者にも利益があるわけで、win-winな効果があると私は思う。

父も数日後、「かぜがなおらない」と同じ病院に行って、解熱剤、去痰薬、咳止め、、、などと薬を袋一杯にもらってきた。日本では日常のその光景に、夫は2度驚いていた。


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写真は、秩父の芝桜
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by gonzalesK | 2016-06-01 15:11 | Holidays | Comments(0)

あっちの桜、こっちのジャカランタ

2016年5月18日(水)

3月後半から4月中旬、約1年ぶりに日本に一時帰国をした。

桜を拝める時期に帰国するのは、シドニーに移住して以来初めて、およそ8年ぶりのことだった。なので、出発前から桜の開花予報をチェックし、その日を楽しみにしていた。

子どもは、日本に出発する前の日から熱を出した。医療従事者の両親は、マーフィーの法則通りだねと苦笑いをし、「(熱があっても)元気だから大丈夫だろう」と残酷にも旅行の日程を変えなかった。しかも両親は、日系のデイケアでうつされたであろうインフルエンザAを逆輸入することになる、と冷静に分析をしていた。子どもは、パナドール(オーストラリアの解熱鎮痛剤)を6時間おきに与えられ、フライトに耐えることを強いられた。日本について、孫を迎えたじいじとばあばの第一声は、「よく来たね、かわいそうに。」。

日本の桜は、相変わらず美しかった。

日本滞在中のある日、新聞のコラムに、「桜は、日本的別れと出会いの象徴ですね、新年度ガンバロウ」みたいなことが書いてあったのを読んだ。私はもう日本的別れや出会いを桜の下で味わうことのできるこっちの人ではなく、あっちのひとなのだなと、とさみしく思ったりした。そして、シドニーの桜的シンボル、紫色のジャカランタの下で私はガンバロウと思った。

一度きりの人生で、桜とジャカランタの美しさ、両方を満喫できることは、ぜいたくなことだ!(と自分に言い聞かせた)


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写真は桜でもジャカランタでもないチューリップ
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by gonzalesK | 2016-05-18 21:22 | Holidays | Comments(2)

こだわりのある人 パリ編

2012年9月27日(木)

7月のパリでの休暇中に素敵な人に出会った。


ひとりで街をうろうろしたかった私は、おとうさんと夫をバスツアーに送り出し、わくわくと一人パリ散策にくり出した。ホテルの近くのオペラ座から、なんとなくルーブル美術館まで歩いてみたが、美術館が休館だった。天気もよかったので、美術館前のベンチに座ってぼーっとしていると、日本人の女性が、「美術館お休みですね〜。私もここに座っていいですか?」と話しかけて来た。日本語をしばらく話していなかった私は、嬉しくなって彼女を「どうぞどうぞ」ともてなした。

彼女は、ロンドンで靴のデザインの勉強をしていて、もうすぐ卒業なので、日本に帰る前にパリに遊びに来たと話してくれた。デザイナーさんというわりには、素朴な感じで親しみやすい女性だった。彼女は、靴を作る過程の話や、それに使ういろいろな種類の革の話をしてくれた。異業種のその人の話はとても興味深かった。その人は、「どうやったら女性の足が美しく見えるのかを常に考えちゃうんですよね」と話してくれた。それは、助産をする私からしたら、どうやって女性のお産をサポートするか常に考えちゃうんですよね、と言ったところか。

彼女は、地面にあたる部分の靴底が重要なんです、と熱く語ってくれた。彼女にとって、靴底は革でなけれならないという原則があり、ゴムの靴底をはいている人を見たら「どんなに素敵な人でもがっかりしちゃう」らしい。私は靴に対するこだわりは、そんなにないけれども、その時に履いていた靴を、彼女に「その靴は靴底が革ですね、素敵です。」とお褒めの言葉を頂いた。きっと私がゴム底の靴を履いていたら、彼女は私に話かけてこなかっただろう。

シドニーに戻ってから、私は自分のワードローブの中のゴム底靴の割合を思わず調べてしまった。知ったかぶりをして、ゴム底靴をはく夫に、「靴底が革じゃないとかっこ悪いよ。」と助言してみた。そして、ゴムは滑らないからいいんだよ、と普通に言い返されてしまった。

いつかビックなデザイナーになって、Jimmy Choo みたいに実名のブランドを立ち上げるのが夢なんです、と言っていた。ということで、その人のお名前を伺っておいた。いつか彼女がデザインした靴を買える日が来るといいな。


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by gonzalesK | 2012-09-27 09:47 | Holidays

金メダリスト in London

2012年7月22日(土)

6月の中旬に大学の秋学期末のテストが終了し、およそ6週間の冬休みに入っていた。そしてあっという間に、来週には春学期が始まる。春と言っても、今年の冬はとても寒くて、 Icey な日が続いている。

6月の初旬には、テストや課題の締め切りが重なった。しかし、早めにテストが終われば、長い休みがとれる!と同級生たちと声をかけあい、何とか乗り切った。特に、今学期のpathophysiology −病態生理学を乗り越えられたのはよかった。この科目では、数回の小テスト、中間テスト、そして最後の期末テストをパスしなければならない。英語についていけなくて、授業中に目を開けたまま、気を失って同級生たちに助けられたことも数回あった。総合的には、主要な疾患を大学の医学系列の先生方が、わかりやすく教えてくれたと思う。漢字が苦手な私にとっては、「絨毛膜絨毛炎」の「絨」の漢字の練習をするよりも、amnionitis-の方がストレートで理解しやすいと思ったこともあった。

冬休みの日程が確定して、今回のホリデーは、「おねえさんのロンドンの家に行きたがっているおとうさんを、ロンドンに連れて行こうか」ということになった。私の100倍くらい親思いの夫は、「おとうさんが元気なうちに、おねえさんのいるロンドンに連れて行きたい。」と強い使命感をここ何年か抱いていた。しかし、私も大学があるし、肝心なおねえさんも忙しそうだし、おとうさんが風邪でもひいたら大変だから冬は避けたい、というのもあり、タイミングがあわず、見送りになっていた。

しかし、ついに夫とバンコクでおとうさんをピックアップし、ロンドンでの珍道中が始まった。私が全然気が利かないタイプなのと対照的に、夫のおとうさんへの愛情や気遣いが、道中すごく光っていた。バンコクでは、知り合いのコネを使って、バンコク−ロンドンのフライトのチケットを(おとうさんだけ)ビジネスクラスにアップグレードしてもらえるように根回しし、ロンドン空港では、車いすを使っておとうさんを運んでくれるポーターさんを手配していた。

観光の移動には、地下鉄にエスカレーターがなかったらタクシーをよんで、おとうさんの薬の時間があるから、3食定期的に食べれるように気を使って、外食するときには、おいしい中華レストランを探して、観光スポットでは、おとうさんの肖像写真をたくさん撮ってお土産を買って、おとうさんがベンチに座る前には、そのベンチのほこりをはらってあげて。。。すごいぞ、夫、と旅の最中に何度も思った。街は、ロンドン・オリンピックの開催に関して冷ややかな雰囲気が漂っていたものの、オリンピックに「親孝行の部」があったら、間違いなく、この人が金メダルを取るだろうと思った。

私は、と言えば、、、ロンドンの暑い日に、飲茶を食べながら(飲茶にはジャスミンティーという暗黙のお決まりを破って)ビールを注文して「え?」という顔をされる始末。パリでロンドンに帰るユーロスターを待っていたときに、「列車の中でランチができるように、サンドイッチを買って来るね。」と、パリなだけに、私はフランスパンのサンドイッチを3人分何の疑いもなく購入した。いざ、車窓の風景を楽しみながら、みんなでサンドイッチを食べようとしたら、「こんぶ、(入れ歯の)ダディにはこのパン、固すぎるよ。。。」と苦笑いの夫とおとうさんに、自己嫌悪する私。

夫は、何も特別なことをしているわけではなくて、息子としてあたりまえのことをしているだけだよ、と言う。それは、そうなのかもしれないけれども、真の思いやりとは、相手を心の底からケアすることを言うのだな、と今更ながらに学んだ旅であった。


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by gonzalesK | 2012-07-22 01:06 | Holidays

Blood, Sweat and T shirts- 血と汗とTシャツ

2010年5月26日(水)


日本のNHKのような、ABC(Australian Broad Cast; オーストラリア国営放送)では、質の良いドキュメンタリー番組をたまに放送している。その多くは、BBCのものなのだけれども。

ヨーロッパに旅立つ前に、“Blood, Sweat and T shirts- 血と汗とTシャツ”という3週間続きのBBCのドキュメンタリーを見た。これは、“fashion addicts; ファッション中毒”のロンドンの若者たちが、そのファッションの主な生産地のひとつであるインドを旅し、実際にファッション工場や綿花農家などで働き、その労働の過酷さを知るという話である。

ファッションをこよなく愛するロンドンっこたちが、生産現場の現実を目の当たりにする。一日中ミシンに向き合い、シャツを縫う針子の日当は100円以下、綿花畑で綿花を積む女性の日当は、それ以下。それでも、子どもや家族のために黙々と働くデリーやムンバイの労働者たち。あるスラムには有名ブランドの闇工場があり、そこでは、10歳にも満たない多くの子どもたちが働いている。そして、それらのほとんどは、イギリスなど(もちろん日本も)の“先進”国に送られる。

その“旅”に参加したある若者は、child labor(児童労働)の問題に目覚め、ロンドンに帰国後Child labor の啓発活動を行っていた。ある若者は、家族の大切さを改めて思い直し、壊れかけていた自分の家族の絆を修復しようと試みる。ある若者は、fair trade (フェアトレード)の重要性に目覚め、生産国を記載しない衣料品のメーカーに、生産過程について公開することを求める。

番組では、fast fashion(ファーストファッション), disposable clothes (使い捨ての洋服)が現在のファッション界を支配しており、生産地の労働者である経済発展途上国の人々は、不当に搾取されている、fashion without victims- 被害者なきファッション- は可能なのか と消費者に問いていた。

私はロンドン滞在中、この番組のことを思い出していた。Oxford Street などの繁華街に出ると、みんながショッピングバックを持って、買い物を楽しんでいる。もれなく私もその一人である。ロンドン在住の夫のおねえさんは、「私は高価で良質なものか、安くて良質なもののどちらかしか買わない」と公言しているが、私には安くて良質なロンドンのお店を教えてくれる。

そのひとつは、"PRIMARK "というブランドのお店である。これは、ユニクロよりもう少しおしゃれで、しかも価格はユニクロ以下(質の良いTシャツは2ポンド、300円くらい)、という感じの店であり、ロンドンの歩く女性たちの3人に1人は、ここのショッピングバックを持っていた。おねえさんは、PRADAのダウンジャケットの下に、ここのTシャツを着て、価格差コーディネートを楽しんでいるようだった。

確かに、PRIMARKのTシャツに、原産国の記載はなかった。倫理的にどうなのか?と思っても、物欲に負けて、つい購入してしまう私。なさけない。おねえさんは、「ここは児童労働をさせているってイギリス中で批判されていて、ボイコット運動も起きているよ。でもつい買ってしまうのよね。」と言っていた。ボイコット運動、といってもお店はバーゲンの時のように混雑している。

経済開発国の問題は、経済先進国の問題である、というのは承知している。構造的な搾取の問題であり、先進国が途上国を経済的に支配し、SUCK しているので、途上国は豊かにならないようにできているのだ。先進国が変わらなければ、南北問題は何も変わらない。。。それはわかっている。ロンドンの国会議事堂前では、デモを行っているテントがたくさんあって、その中のひとつが、“Capitalism isn't working! ; 資本主義は機能しない!”という弾幕があり、はっとした。

それを見て頭では、そうだよな、その思想は理解できる、と思いながらも、足はOxford street に向かってしまう私がいた。





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by gonzalesK | 2010-06-22 16:59 | Holidays

フローレンス・ナイチンゲール その2

2010年5月25日(火)つづき


ナイチンゲール博物館では、彼女の生涯を遺品などを中心に紹介、説明していた。ナイチンゲールを有名にしたのは、クリミア戦争である。クリミア戦争へのナース派遣要請を受けたナイチンゲールは、これまで社会的地位が確立していなかったナースの存在を、イギリス社会に知らしめる良い機会だと捉えたという。38名の勇気あるナースたちと現地に赴いたナイチンゲールは、兵士の高い死亡率を下げること、負傷した兵士を一番良い状態で母国に帰還させることに焦点を当てた。

彼女は、アルコールとドラッグが兵士の高い死亡率に寄与していると問題を把握し、彼らがお金をそれらに使う代わりに、母国に送金できるシステムを整えたり、読書をしたり、家族に手紙を書く図書館を設立したりした。そうすることで、兵士たちのアルコール中毒とそれに関する疾病の割合は、大幅に低下したという。

また、The Times のジャーナリストを介して衛生物資を国に要請したりしたのは、ロンドンのお上に要請を無視されないためだった。彼女の献身的な取り組みで、兵士の死亡率は90%も低下したという。また、彼女は、統計学の先駆者としても有名である。極端なメモ魔で、膨大な記録や記述を残し、それを分析し死亡率や罹患率の統計を出した。彼女は、統計を出すことで「神様の御心が読める」と語っていたという。

また同時に彼女は、フェミニズムの思想ももちあわせていた。当時の女性の地位を嘆き、家父長制(patriarchy)と家族制度に、早々に反発の意を表している。ナイチンゲールが看護の発展に力を注いだのは、家父長を筆頭とする家族から、女性を解放するためでもあったという見解(*)がある。

一方、そのナースが1世紀にも渡って、医師をトップとしたヒエラルキー下におかれている現象は、何とも皮肉である。博物館に設置されたビデオで、セントトーマス病院の現ナースが、「現在でも世界中でナースの地位は、医師を筆頭にした“家父長制”に支配されたままであるー。ナースは、そこから独立する時である。」と語っていた。

ナイチンゲール没後から100年あまり、今の看護界の現状を、彼女は天国からどのように“分析”しているのだろうか。いつの日か、あって聞いてみたいものだ。


*フローレンス・ナイチンゲール著 真理の探究 マイケルDカラブリア他編著 小林章夫監訳 うぶすな書房 2005年.



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by gonzalesK | 2010-06-18 20:44 | Holidays

フローレンス・ナイチンゲール その1

2010年5月25日(火)

パリのあとにロンドンを訪問した。ロンドンというと、天気が悪くうつ病の人が多い街、というイメージがあるが、幸い滞在中は晴天が続いた。パリに比べてると何かと合理的な街という印象があるが、人々の話すBritish English accent (イギリス英語)やFish and chips、ミュージカルなどを堪能したり、ロンドン滞在を楽しんだ。

夫が、ヘンデル博物館に行っている間、“クラッシック音楽イコール催眠剤”の私は、ナイチンゲール博物館に行って来た。テムズ河にかかるウェストミンスター橋を渡り、セントトーマス病院に入る。世界で初めての看護学校が、ここで創設されたはず・・・とあやしい記憶をたどった。

病院は、大学病院のように大きかったので、ペンキの桶を運んでいた作業員らしきおじさんに、博物館の場所を訪ねた。そうしたら、おじさんは、わざわざ博物館まで私を連れて行ってくれた。ここの病院は、世界でも有名ですよね、私は日本から来ました、と挨拶をしたら、おじさんは少し誇り高そうに笑ってくれた。

博物館は、病院の隅っこにひっそりと建っていた。入館料を支払うと、聴診器の形をした音声ガイドを貸してくれる。中に入ると、想像していたよりもたくさんの人がいた。みんなが聴診器をつけているので、へんな風景でもある。ナイチンゲールは、生涯に渡って公衆衛生の改善と近代看護の発展に力を注いだ。"Nursing is an art; 看護は芸術である”という言葉は有名である。

ナイチンゲールと言えば、ナイチンゲール誓詞である。私が看護学生の時には、戴帽式というのがあった。初めての看護実習を終えて、看護師を志すことを改めて決意した学生たちが、先生たちからナースキャップを受け取るのである。ナイチンゲールがランプを持って夜な夜な病室を回ったということから、その式でもろうそくが灯され厳粛な雰囲気であった。今でこそ、ナースキャップは、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の温床だと廃止されているが、あの当時は、ナースキャップは、ナースの象徴だったのだ。

そうして、無事にナースキャップを受け取った後に、ナイチンゲール誓詞「病める人々のために、我はその身を生涯看護に捧げん・・・。」のようなことを皆で誓う。当時アルバイトで忙しかった私は、その長い誓詞を式までに暗記できなくて、口ぱくで臨んだ。隣に立った友人に「こんぶは口ぱくだったでしょ。」とばれて、冷や汗をかいたのを今でも覚えている。

つづく



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by gonzalesK | 2010-06-18 18:45 | Holidays

パリの妊婦

2010年5月19日(水)

パリのオランジェリ美術館で、妊婦を描いたピカソの“L'E treinte (1903)"に偶然出会って、やっと探していたものが見つかったような複雑な気分になった。

美術館では、多くの裸体の女性像を見たが、いつも「妊婦さんはいないかな〜」と頭によぎり、女性の乳房には特に目が行き、「この女性の乳房は健康か」などをじろじろと見ていた。自分のテーマと言っては大げさだけれど、どこかで、妊婦とBreast awareness の象徴を探していたのだと思う。

夫も、授乳するマリア像など、maternity と何か関連する物があれば、「こんぶ、あそこに母乳あげているマリア様がいるよ。」などと呼んでくれた。それにしても、古代からたくさんの芸術家が授乳する母子像をモチーフに絵を描いているのには驚いた。ジャコフという画家は、乳房から溢れ出た母乳が天の川(Milky way) を創造している巨大な絵(The origin of the milky way; 1575)を描いており、それには驚いた。母乳は男性の永遠のあこがれであり、テーマなのだなと再確認した。

解説によると、ピカソの「青の時代」の妊婦像には、「喜びをもたらすはずの妊娠は、苦難の訪れに過ぎなかった・・」というような意味が含まれているらしい。それは、彼の苦しい時代を象徴するメタファーだと言われている。

一方、晩年の彼のやわらかくあたたかい母子像の版画は、母乳を推進する「ベビーフレンドリーホスピタル」の国際認定のロゴマークとして使用されている。彼は、コインの表と裏のような、はたまたルービックキューブのような、いろいろな女性の側面も知っていたのだろうなと思った。

ピカソの妊婦像は、私がパリで出会った唯一の妊婦だった。その他にも、ピカソが描いた女性は力強くて好きだ。エロ親父だったと有名な彼だが、だからこそ女性の強かさを身をもって感じていたのだろうか。


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by gonzalesK | 2010-06-07 12:20 | Holidays

花よりだんご

2010年5月19日(水)

パリには、あらゆるところに世界的に有名な美術館がある。私は、芸術や美術史には詳しくないが、中学生、高校生のころの美術の教科書に載っていた絵くらいはみたいなあ、と思っていた。中学生の時の美術の先生は、非常に個性的でいろいろなことを教えてくれたけれど、まさか本物(レプリカ?)を見る機会に恵まれるとは、あのころは思ってもいなかった。

ルーブル美術館では、ほぼ1日かけて、モナリザ、ミロのビーナスとエジプト猫をみた。この猫たちが、また美術館の奥のほうに所蔵してあり、やっと見つけた時は宝物をみつけたような気になった。

以前、英語の授業で、猫たちは昔むかし、エジプトやユダヤの文化で、神様の使いのように、とても大切にされていたという文献を読んで、ぜひこの猫たちをみたいなと思っていた。確かにりんとした素敵な猫たちが、そこにいた。その猫たち、特に黒猫は、マネの時代(1860年代)には、売春婦の象徴として描かれたそうだ。彼らの謎めいた魅力が、美しい女性たちを連想させたのだろうか。

その後は、半日かけてオルセー美術館、また翌日にオランジェリ美術館などを巡った。オランジェリでは、モネが死ぬ間際に描いた、睡蓮の大作などがあって、圧倒された。どうして、彼らの絵は、何年たっても、人々を魅了し続けることができるのだろうか。モネの命日が、私の誕生日だったので、私も芸術と何か縁があるかもしれないな、と再びずうずうしく思ったりした。

一気に芸術のシャワーを浴びて、くらくらした。目の前にあるものは、世界の貴重な美術品なのに、お腹がすくと、ただの「もの」に見えて、何の意味をもたないのだなと思った。なので、美術館併設のカフェでのんびりするのが、とてもぜいたくで有意義な時間だった。


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by gonzalesK | 2010-06-07 11:41 | Holidays

チェロを弾く人

2010年5月18日(火)

パリの下町、モンマルトルは、小高い丘のてっぺんにあるサクレ・クール寺院を中心に広っている。遠くから見たモンマルトルは、どことなくヨルダンのアンマンに広がる街の風景のような、パレスチナ、エルサレムのオリーブの丘のような、乾いた大陸を感じさせる懐かしさがあった。

寺院の近くのテルトル広場では、画家たちが自分の絵を売っている。売り子に徹している画家もいれば、絵を売りながら描くことに専念している画家たちもいる。絵の具を重ね合わせたパレットも美しく、画家の走らせる筆の動きに見入ってしまう。私も子どものころは、写生大会で神社やお寺を描いて、時々賞をもらったりしたなあ、なんてことをずうずうしく思い出す。

ピアニストのフジ子・ヘミングさんは、著書の中でパリの大道芸人たちは、「芸と自分の人生を売っている」と言っていた。もちろん、芸術家たちが集うモンマルトルも例外ではないようだった。

広場の向こうから、突然美しいチェロの音色が聞こえたので、その方向に歩いてみた。そうすると、紫の藤の花の下で、ひとりのチェロリストが、Ave Maria を全身で弾いていた。その人の音楽に聴き入っていると、ヘルメットをかぶり作業着に身を包んだ黒人の工事現場で働くおにいさんが、向こうの方から歩いて来て、チェロリストの前に立ち止まり、音楽に聴き入っていた。一瞬の時を共有する2人の男たち。その光景が、何とも美しいと思った。

しばらくすると、おにいさんは仕事があることを思い出したかのように、去って行った。チェロが奏でるAve Maria の音色は、今でもしっかりと、私の目頭と耳に残っている。Ave Maria の祈りが、本当に神様に届きそうな、そんな音色だったなと今も改めて思う。




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by gonzalesK | 2010-06-01 23:55 | Holidays

シドニーの青い空と広い海のふもとで繰り広げられる日常をこんぶ風味でお伝えします
by gonzalesK
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