続こんぶの日記 KOMBU's diary from Sydney

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長い長い1日

2009年4月23日 (木)

結局一晩、救急外来病棟のベッドで過ごした。彼は、午前3時半頃に一旦自宅に帰って行った。目を覚ますと、ビルマ人ナースや入れ墨ナースの姿はもう見えなかった。きっと勤務交代したのだろう。

することもなく、ベッドでもぞもぞしていると、中堅どころといった白人のナースがやってきた。「昨日は大変だったわね。今日は病棟に移れるわよ。あなた助産師なのね?どこかで働いているの?」と私の血圧をチェックしながら話しかけてくる。「まだ働いていません。英語の試験をパスしないといけないのですよ。」と答えると、「そうねえ、それが大変よね。それからコースに行かなければならないのでしょ?実は私も助産師なのよ。」と彼女はにこっと笑った。

「助産師なのに救急外来で働いているのですか?」と聞くと、「前にね、地方で助産師をしていたのだけれど、そのときに救急や一般的な看護の知識も必要だと痛感したことがあって。それで、シドニーに戻って来て救急で働き始めたらおもしろくなってしまってね。それから離れられなくなってしまって。」と言う。「あなたは看護師としては働いていた?」と尋ねられ、「はい。何年かは。」と答えると、「それはとってもいいわ。」と彼女は返事をした。

彼女が去ったあと、歯を磨いた。歯肉出血していないことを確認する。前回発症したときは、血小板が1000まで下がり、歯茎から血が出て、それは無惨な姿だったのだ。やはり8000あれば、歯茎から出血はしないのね、と妙に安心する。 それにしても、血小板の正常値が15万から25万だから、低いことは低い。お給料が8000円だったら生活していけないのと同じだ。

色黒のぽっちゃりとした医師がやってきた。「私は今血液内科でインターンをしているの。あなた日本人ね?私、休暇で日本に滞在していて先週戻ったばかりなの。日本って本当にすばらしいところね。」と早口でしゃべる。「日本のどこに滞在したのですか?」と問うと、「トウキョウ、オオサカ、タカヤマ、ベップ、ナガサキ...」と言う。「それは忙しい旅でしたね。」と言うと、「そうね、でも日本はワンダフルよ!人も食べ物も風景も!」と興奮気味に話す。ここでもオーストラリア人の日本好きに助けられる気がする。一方、私はなんでその素晴らしいニホンをわざわざ離れ、ここにいるのだろう、という単純な疑問が頭をよぎる。

「先生はどこのご出身なのですか?」と聞いてみる。シドニーでこの質問をするのはどうなのかと常に思っていたのだが、みんな遠慮なく質問してくるので、私も遠慮なく質問することにした。「私はイギリス出身よ。両親はスリランカ出身。」「そうですか。」スリランカ..昔、多摩川の近くに住んでいたスリランカ出身の友人が作ってくれたカレーがとてもおいしかった、大学の英語の先生がスリランカ出身でやさしい先生だった、最近また民族紛争が大変そうだけどどうなのだろう、といったことが一瞬頭に浮かんだが、いずれも言うに足らないことだと思い、私はそれ以上何も言わなかった。

彼女が一通り私を診察すると、「今朝の採血では、あなたの血小板は7000。明日から3日間の予定でグロブリンの点滴をすると思う。それで血小板がうまくあがればいいね。」と言う。日本では、グロブリンの点滴は受けなかった。確か高価な薬品だし、ステロイドが効かなかったら、グロブリンを投与する、という治療計画だったと思う。私は暫定的な永住権を持っているので、こういった医療は無料で受けられる。そう考えるととてもありがたい。日本では、こんなにいろいろ検査や治療をしちゃって、いったいいくら“お買い上げ”したのだろう、と不安になることが多々あったからだ。(しかし、日本ではITPは難病の指定疾患だったので、疾患の申請をした後、ほぼ公費で医療を受けることができた。)

一通りの治療計画を聞いて安心した。することもないので、ぶらぶらと私は病院散策に出かけることにした。
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by gonzalesK | 2009-04-30 14:45 | ITP in Sydney

秋雨のふる夜に その2

2009年4月23日(木)

彼のお母さんは、数年前にN病院で大きな手術を受け長期間入院していた。N病院に近づくと、彼は「またお世話になるよ、僕の家族をまたひとり連れて来たよ!」と車の中からN病院に話しかけていた。

救急外来でトリアージ・ナース(患者の救急度を判断する訓練を受けたナース)から問診などを受け、受付で長いこと待ち、救急外来のベッドに横たわることができたときは、もう日付が変わっていた。

ベッドでうとうとしていると、ナースが一人やって来て問診し、血圧などをチェックした。気だてのよさそうなアジア系のナースだった。「どこのご出身ですか?」と伺うと「ビルマよ。」といった。私が唯一知っているビルマ語、「ミンガラーバ!(こんにちは)」というと、彼女は「グッドガール!」と笑った。彼が「僕はタイ出身だよ。お隣だね。」と言った。彼女が自身の出身を、“ミャンマー”とではなく、“ビルマ”というところに彼女の背景があるように思えた。母国の状況を考えると、彼女の人生にもきっといろいろなことがあったのだろうな、という思いがよぎる。

彼女が去り、しばらくしてから、インターンの若い医師がやってきた。ドラマのERを思い起こさせるユニフォームを着て、はつらつとしている。彼女も私にいろいろ問診し始めた。「それで、昨日の夜に足の点状出血に気がついて、クリニックに採血に行ったら血小板が低かったということね?2003年にITPを発症したときは、かぜをひいていたということだけど、今回は何か気になることはあった?」と彼女が私に聞いた。私の代わりに彼が、「彼女は、10日ほど前に親戚のバーベキューに行って、ひどい胃腸炎になったんだよ。僕もGPだし、病院には行かないで何とか治ったけど。それとITPと関係があるかどうかはわからないけど。」と答えた。彼女は、「そうですか。先ほど、血液内科の医師から、プレドニゾロン50mg内服の指示を受けています。それで様子を診ましょう。病棟のベッドは空かないと思うので、朝までここで過ごすことになるかもしれません。」ということだった。

先ほどのビルマ人ナースが私の採血をし、血管確保の留置針を入れた。一回目は失敗して、めちゃくちゃ痛かった。私が採血する側だったころのことを思い出し、今まで失敗した採血の人本当にごめんなさい、と懺悔させられるような痛さだった。それでもビルマ人ナースの面子を重んじ、私は精一杯の笑顔をつくった。

医師は、「夜中にステロイドを飲むと興奮して眠れなくなってしまうかもしれないけど、まあ飲んで!」と言っていた。ステロイドを内服し、疲れもあったのか、私はすぐにうとうとし始めた。彼はもう少し私に付き添ってくれるという。

そのうち白人の男性ナースがやって来た。スキンヘッドで半袖の白衣から、花柄の入れ墨がのぞいている。街で出会ったら、ぶつかりたくないタイプだ。彼は私の顔を覗き込み、「オゲンキデスカ?ニホンジンネ?」と日本語で言った。 元気だったらここにはいないよ、と思わずつっこみたくなるのを押さえて、私は、「日本語話すのですか?」と聞いた。入れ墨ナースは「ヘイタイデニホンニイマシタ、フジサンキレイナトコロ!」と日本語で話した。うとうとしていた彼も起きて、「へえ、オーストラリアの軍隊で日本にいたのですか?」と入れ墨ナースに問う。ナースは、「いいえ、私はアイルランド人で、アイルランドの軍隊にいました。今は普通のナースだけどね。」なぜ、アイルランド人の兵隊さんが、日本にいるのだろうか?いろいろ聞いてみたいけれど、今日のところはやめておこうと思った。

入れ墨ナースは、私の腕に巻かれている自動血圧計測定のマンシェットを見て、「ぶかぶかじゃないの!小児用の方がいいかもね。」と言いながら小児用のマンシェットに巻き変えた。血圧測定をしたナースは、「ぴったり、ぴったり」と満足そうであった。私はそのとき、「オーストラリアのナースはゲイの人が多くてね。皆やさしいし、とても良いケアを提供するのよ。」という知人から聞いた話を思い出した。入れ墨ナースの素朴な笑顔を垣間みながら、私は再び眠りに落ちていった。
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by gonzalesK | 2009-04-29 21:35 | ITP in Sydney

秋雨のふる夜に その1

2009年4月22日(水)

しとしとと秋雨が降る夜だった。彼が仕事から戻ったので、下ごしらえしていた鮭を焼き始めたところに私の携帯が鳴った。

“もしもし?”“そちらはこんぶさんですか?こちらはあなたが昼間にかかったCメディカルセンターです。あなたの採血結果のことで、医師が至急来院するようにということです。”“やっぱり血小板が低かったのでしょうか?”“それは私からは言えません。直接医師に聞いて下さい。それでは9時までには来て下さいね。”無造作に電話が切れる。

彼が何事かと階段を下りて来た。「センターの人が今すぐ来いって言っていたよ。」こんな予感がしなくもなかったけれど、やはり悲しい。涙がぽろぽろと溢れて来る。彼は、「大丈夫、僕がついているから。まだ時間はあるし、まずご飯をしっかり食べてから行こうよ。長い夜になるかもしれないからね。」と言いながら、私の肩をやさしく抱いてくれた...と思いきやご飯をよそり始めた。

私たちは、ご飯を勢いよく食べた。私は泣きながらも、しっかり完食したのでこれには彼もびっくりしていた。そして急いでメディカルセンターに向かった。彼は車を運転しながら、「怠慢なオーストラリアの医師が電話をよこすってことは、それなりに血小板が低いのだろうなあ。やっぱり2万以下だろうなあ。」とつぶやいていた。

センターでは数人の患者さんが診察待ちをしていたが、受付に訳を話すと、すぐに医師に会えると思う、と笑顔で言ってくれた。担当の医師はロシアなまりの英語で、「あなたの血小板が8000しかないと、検査室から電話がかかってきたの。それにITP(特発性血小板減少症紫斑病)の既往もあるでしょう?今紹介状を書くからすぐに専門医に診てもらって。」と言い切った。彼が、「N病院に行きますね。」と言うと、医師は「それがいいと思う。今晩中にね。」と紹介状を書きながら返答した。

私たちは入院の準備をするため一旦自宅に戻った。彼は、「8000か、もうちょっとあると思ったけど以外と低かったね。最低3泊はすると思うから、その準備をしよう。」と冷静でいてくれている。私は必要なものを、急遽決まった旅支度をするような思いでリュックにつめこんだ。
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by gonzalesK | 2009-04-28 15:11 | ITP in Sydney

シドニーの青い空と広い海のふもとで繰り広げられる日常をこんぶ風味でお伝えします
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