続こんぶの日記 KOMBU's diary from Sydney

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シドニーの休日 - ベトナム人街編

2009年8月22日(土)

すっかり春の日差しのシドニー。晴れの日の週末に、おいしいベトナム料理が食べたいね、ということになり、シドニーで最も大きいベトナム人街、Cabramatta (カブラマタ)に夫と出かけた。

シドニーの中心部から車を一時間ほど走らせ、街に到着する。なるほど、ここはベトナム人街、道を行く人々の9割がアジア人だ。商店街の看板のほとんどが、ベトナム語と中国語で、英語はちらほらと見かけるくらいだ。夫によると、昔これらの看板は、すべてベトナム語と中国語だったという。お気楽のシドニー当局も、これではまずいということに気がつき、商店街と掛け合い、英語の訳を看板に付け加えることが義務づけされたのは、ここ最近ということだ。

夫は、ここに住んでいる人々は、ほとんど旧南ベトナムの出身者だと説明した。オーストラリアはベトナム戦争に参戦したため、ベトナム難民を多く受け入れた。いわば、“難民”の先駆け的存在の人々だ。「母国を失った人たちは、みんな同じところに住みたいのだろうね。」と夫は言った。彼が高校生のときに、ベトナムからの転校生も数人いたという。夫は、彼らが故郷で起こったことを語るのを聞いて、当時衝撃を受けたと話した。

商店街を歩いていると、ビルマ語、クメール語やラオス語の看板も目に入って来る。これらは、皆それぞれ難民の送り出し国だ。インドシナ難民たちが、力を合わせながらも、ひしめきあって暮らしているのだろう。

ベトナム料理屋では、フォーと生春巻きを頼んだ。これらは、ベトナムで食べたものと同じくらいおいしかった。くるくると動きながら、店を切り盛りするベトナム人女性は、「アメリカで食堂を開いていたけれど、うまくいかなくて、ここに越して来たのですよ。ここは住みやすいから。」と話してくれた。夫は、華僑のおとうさんに「色白の美人がいたら、ベトナム人女性だと思え。」と言われて育ってきたそうだが、そのオーナーもベトナム美人だった。

食堂では、ベトナム人の家族がみんなでフォーを食べている光景が微笑ましい。子どもたちも、自身の身体にしては長いお箸を使って、行儀よく食事している。日本でいえば、日曜日のお昼に家族でラーメン屋さんに行く感覚なのだろう。食堂を出た後は、焼きたてのフランスパンや新鮮な豚肉、タイのお菓子などを購入して街を満喫した。

帰り道、夫は車を運転しながら、「バンコクや東京の空よりも、シドニーの空が一番大きいと思うなあ。」としみじみ話した。私は、老夫婦の会話のようだなと思いながらも、それは言わずに「そうだねえ」とだけ答えた。

このシドニーの大きな空が、バンコクや東京、ベトナムやラオスやカンボジアの空につながっていると思うと、何だかとても幸せな気持ちになった。



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by gonzalesK | 2009-08-30 12:46 | Life in Sydney

The day of "No more Hirohima"

2009年8月6日(木)

今日は広島の原爆記念日。夫のおかあさんが入院している病室のテレビで、夫と夫のおかあさんと広島の平和記念式典の様子をニュースで見た。夫のおかあさんは最近痴呆症もあり、式典については何も言わなかった。

もし、おかあさんが痴呆症を患っていなかったら、この式典の様子を見て何と言っただろう。第2次世界大戦のときに、おかあさんの一家は中国に侵攻してきた日本軍に財産を奪われた。彼が子どもの頃、おかあさんがそう彼に話したという。それでもおかあさんは、私たちの結婚を祝福してくれた。

そんな歴史の壁を私たちはひとつ乗り越えたが、これからも乗り越えなくてはならない壁は厚い。国際結婚は、からだを張った究極の異文化理解のひとつだ。バンコクに来て3週間、タイ語と英語と広東語と潮州語(広東省地方の方言)が飛び交う中に暮らして、そろそろ私も適応障害の寸前である。

中国では昔、ある程度の財力がある男は妻を2人めとることが日常的にあったようだ。夫のおかあさんのおとうさんにも、夫のおとうさんのおとうさんにも妻が2人いたというから、とにかく兄弟姉妹の親戚が多い。夫も親戚の名前を覚えるのは諦めていて、私にも「おばさん、おじさんと呼べばいいから」と助言を与えた。

具合の悪い夫のおかあさんを見舞いに、香港からやって来た“おばさん”2人と“おじさん”は、英語が堪能だ。彼らは、バンコクでショッピングや外食も存分に楽しんでいる。この人たちは、香港独特の資本主義経済の恩恵を受けてきたのだなと感じる。

一方、広東省のいなか街からやってきた“おばさん”2人、と“おじさん”は英語を全くしゃべらない素朴な人々だ。ショッピングや外食よりも、庭で中国茶をすすりながらのおしゃべりや団らんを好む。おばさんの一人は「山口百恵」が好きだと漢字で筆談し、中国でヒットした「血疑」(赤いシリーズ?)という山口百恵出演のドラマの主題歌を歌ってくれた。

私は日本にいたときはもちろん、シドニーでも残留農薬の問題で中国産の食品はなるべく避けて来た。しかし、ここではそんなことは言っていられない。中国からの数々のおみやげ、桃やさくらんぼ、ピーナッツや豚の皮を干したお菓子など、中国産であふれている。この超高齢化家族の中の「若者」の私は、それらを勧められるままに頂かなくてはならない。そして中国語で「おいしいですね!」と言い、ゲストを喜ばせることがひとつの日課となっている。

ストレスとともに私の身体に蓄積されていく中国残留農薬。気にならなくもないけれど、夫のおかあさんもおとうさんも共に80歳だし、夫のおばあさんは98歳まで、おじいさんは90歳まで生きたというから、あまり気にしなくてもいいか、と思いつつ豚の皮をかじっている。

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by gonzalesK | 2009-08-06 23:13 | Life in Bangkok | Comments(0)

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